こころがおもたいときの、二つのやりかた


ブログにお越し下さり、ありがとうございます。のんです。


 

 

 

心が重たい時・・・例えば

 

きずついちゃったなあ

まだ痛いなあ

とか

 

 

 

そんな時は二つの方法を試してみてください。

 

 

 

一つ目は

そう感じている原体験と、原初の感情を探すことです。

 

 

 

そのように感じている理由は、なんだろう?と想いを巡らし、答えを見出します。

その答えに対して、再度、

そのように感じているのは、なぜだろう?と問います。

繰り返し何度か行っていくうちに

原体験、原初の感情に行きつきます。

 

その時のすべてが、信念体系を作っています。

世の中は、他人は、自分は、こうに違いないという思い込みです。

今、傷ついたと感じるのは、その時の傷がうずいていることが多いです。

 

 

 

そこで、それは何年前のことか、考えてみましょう。

あれから何年たったんだろう。

その時に感じたその信念は、今も自分に必要なんだろうか。

などなど

 

 

 

知的理解で構いません、自答してみてください。

おそらくは、もう必要のない信念だと理解するでしょう。

 

 

 

それがわかったなら、手放そうとしなくても

自然に握りしめていた手のひらから、信念が零れ落ちていきますよ。

 

 

 

 

二つ目は、

全体像を明晰に検証することです。

 

 

 

傷ついた、いたいなあ、

そんな風にずっと感じている、と思っているかもしれませんが、

実際のところ、その感じは、一日24時間のなかで

どのくらいの長さ、どのくらいの回数、続いていますか?

内面世界の事実だけを、冷静にカウントしてみましょう。

 

 

 

今朝思ったことを、今までずっと、思ったり感じたりしていますか?

ずっと続いていると思う感情は、本当に途切れなくずっと続いているのでしょうか。

 

 

 

時々思い出して、その時に感じたことにだけフォーカスして

その他のことも、いろいろ考えたり、感じたり、忘れたりしている自分を発見しませんか?

 

 

 

思い出さない時間のほうが圧倒的に多いという事実にぶち当たったとき

それは、そんなにとらわれなければならないほど、実態があり、不変なことなのか、一考してみてください。

 

 

 

また、実際には、たんにその感覚に注目してしまっていることに気づき

それは自分にとって、それほどのエネルギーを費やす価値あることなのか、

やさしくそっと、ちょっとだけ、想いを寄せてみてください。

 

 

 

実際には、ほかの時間で、愉しいこともたくさん考えたし感じていたなあ。

その事実を見出したなら、過剰な注目から目が離れて、

自然に握りしめていた手のひらから、とらわれが零れ落ちていきます。

 

 

 

よかったら是非取り組んでみてくださいね^^

どこかがすっと楽になるとおもいます。

 

 

 

ご自分ですっと楽になりづらかったら

ご一緒に探究いたしましょう。笑

 

 

 

 




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