ブログにお越し下さり、ありがとうございます。のんです。
約2年ちょっと前に書いたブログの記事で、今もよく読まれ続けているものがあります
タイトルは
随分昔の記事なのに、最近特に
よく読まれいるんですよね。
ノンデュアリティを求める人はきっと
いろんな学びや実践をしたけれども、
生きづらさを拭うことができない。
癒されたい。
そんな風に感じているのだけれども
それは幻想でありストーリーです。
それを感じる私はいません。
そんな言葉で、苦しみをないことにされてしまう。
そこからは2つのパターンがあるかなと思うのですが、
1つ目はそれを
そうか、じゃあ頑張ってそのように実践してみよう
というパターンです。
2つ目は打ちひしがれて、
さらなる生きづらさや悲しみを抱えるパターンです。
エネルギーが随分枯渇してしまって、もうどうしたらいいんだろう。わからない。
どんなことを聞いても同じことしか言われない。
この生きづらさはどうしたらいいんだろう?
そんな迷いが心の中にある気がします。
このブログでのアプローチは1つ目のパターンの人にももちろんいいと思いますが、
2つ目のパターンの人には特に向いていると思います
なぜなら個人の癒しが必要な人は、その苦しさゆえにエネルギーが枯渇しているので、
枯渇の要因となっている心を癒し
その分のエネルギーを貯めてからでないと
冷静なで客観的な観察や、状況把握というのがなかなか難しいからです。
ただ、その癒しかたも、私があるというベースのスピリチュアルや心理学では、
ノンアリティに目が向いた人には、もう満足がいくものではないでしょう。
このブログでは、
私という存在は何なのか?
その答えをベースにして、そこから心や癒し生きづらさにも
アプローチしていきます。
向き合うことを通して、癒しと同時に
ノンデュアリティのエッセンスを実感することもあるでしょう。
生きづらさも癒しも個人も、敵とみなさなくていいし、否定しなくていいです。
なぜなら、それらも、本当の私から生まれているものだからです。
そして最終的には、それはだれのものでもなく、なんでもないからです。
そのことが身にしみていけばいくほど、全体的にじわっと、知らずのうちに
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