わたしというヴェールが落ちたなら


ブログにお越し下さり、ありがとうございます。のんです。


自我の「わたし」というヴェールがおちたなら

本当は

もう何も言うことがありません。

認識できるもののすべては

だれのものでもなく

なんでもなく

ひとつ残らず、例外なくストーリーだから

なにもわけることができません。

ストーリーしか認識できないのですから
内容について色々いったところで

全部ストーリーです。

しかも、それはひとつ残らず

本当のわたしが在らしめるものであり

それがないなら、ストーリーとしてあることすらできません。

在ることのなかで

ストーリーがうごめいており

それ全体が在ることである、

ということなんです。

「わたし」というヴェールがおちたなら

なにかとなにかに線を引いて

これはそうだとか

それはちがうとか

言えません。

分けることはできないからです。

ただ、「わたし」というヴェールが落ちるまでのプロセスのなかでは

そこを分けて見切ることが必要になってくることもあります。

そうでなければ、混ざりすぎてしまったバラバラの認識のまま鵜呑みにしてしまうしかなくなり

更なる混乱がやってくる可能性があるからです。

だから、あえて、分けて説明している、ということにすぎません。

だから

「本当は説明できないものを、何とか説明しているんだな」

という理解を携えて

非二元的な強いワードにひるまずにw

ひとつひとつやっていけば

大丈夫ですよ^^

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