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生きづらさと、癒しと、ノンデュアリティ

ブログにお越し下さり、ありがとうございます。のんです。

 

 

 

 

ノンデュアリティについてのお話を伺っているとき

それに関心を持った背景を聞くと

たいていは、「生きづらさ」があります。

 

 

 

その「生きづらさ」をどうにかしたくて

スピリチュアル、心理、神秘、サイキック、宗教、などなど

そのほかもろもろ色んな事をやってみたけれど、思ったほど楽にならない。

 

 

 

そして、ノンデュアリティにであう。

悟ればすべてから解放されて楽になる、と深い関心を寄せ始めます。

それから、いろんなメッセージに触れ、その後は、たいてい迷いが始まります。

思ったほど、楽にならないからです。

 

 

 

そういう時は、「実は楽になりたいんだ」という根底にある欲求を受容して

ノンデュアリティのエッセンスは携えながら

個人の癒しに、いったん向かうほうがいいと思っています。

そうでなければ、あまりにも苦しくて、なんでもつかんでしまうからです。

溺れる者は藁をもつかむ、というヤツです。

 

 

 

最も厄介なのは「悟り」という概念をつかんでしまうことです。

自分を楽にしてくれる「悟り」という概念を、もし手放してしまったら、また苦しい自分に逆戻り。

また、おぼれてしまうかもしれない。

だから掴んだ悟りが、どんなものであれ、「悟り」を手放せなくなってしまいます。

 

 

 

でも、本当に大切なのは「悟り」をつかむことではなく

悟りをつかんでいる「人(わたし)」は、だれなのか?という問いです。

それが明らかにならないのなら、つかんでいるものが「悟り」でも「迷い」でも一緒です。

 

 

 

「わたし」にまっすぐに向かう。

それを妨げる苦しみがあるなら、まずはそれをケアすることで、苦しみから解き放たれ、視点が変わります。

それによって少しずつゆとりがもたらされ、明晰な視点や思考を養い、観察が可能になり、

「わたし」とは何なのかに向かうパワーを蓄えることができます。

 

 

 

そうなったとき、生きづらさは軽減され、

ストーリーの中の自分も楽になっているでしょう。

と同時に、ノンデュアリティのいう「わたし」の存在への洞察も自然と深まっています。

 

 

 

生きづらさが探究の起点だったなら、生きづらさが楽になったことで

もう探究が終わってもいいと思う人もいるでしょう。

ただ、本当は、ここからがいいところです。

 

 

 

「わたし」を何重にも覆い隠していた思考群がおちついて

「わたし」の正体が明らかになりやすくなっているからです。

大好きな鈴木俊隆老師が言われる、「その底に、何かを発見する」というヤツです。

そのとき、色即是空から、空即是色への転換が訪れやすくなります。

 

 

 

その中では

いままで大切にしてきたメッセージも、ストーリーも、生きづらさも、癒しも、ノンデュアリティも

なんの隔てもなく、ゆったりと流れる雲になっています。

「わたし」という「空」のなかで流れていた雲に過ぎなかったことを理解します。

そして、最初からそうでしかなかったことが、自然と明らかになります。

 

 

 

 

ということは、いま、どのように感じていようが、たった今もそうなんですよ。

だから、大丈夫です。

焦らず、ゆっくり、いきましょう。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
のん
 

 

 

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